「革(かわ)」「皮革(ひかく)」「肌ざわり」「鞣し(なめし)」――革という素材は、ただ丈夫な素材というだけでなく、風土、技術、社会、文化、ファッションなどと深く関わって発展してきたものです。日本における革の歴史を、時代を追って整理し、それがどのように変化し、どこへ向かっているのかを見てみましょう。
はじめに:革とは何か、なぜ人は革を使うのか
まず基本を押さえておくと、「革」と「皮」は区別されます。動物から取れた「皮」は、水分・脂肪などの組織を含んだままの状態ですが、これを加工して腐敗しにくく、柔軟で扱いやすい素材にしたものが「革」です。革を作る過程で「鞣し(なめし)」という工程が不可欠で、これは皮を腐らせず保存性を持たせ、皮の繊維をほぐし、柔らかさや強度を与える工程です。
人類は古くから寒冷・風雨・獣などから身を守る必要があったため、動物の皮を身にまとう、覆う、道具にするなどしてきました。革は焼いて乾かす、揉む、燻す、植物の渋(タンニン)を使う、油を使う、そして近代以降は化学薬品を使う――こうした加工技術によって「皮」から「革」へと転じてきたわけです。
日本でも、こうした用途と技術は、気候・自然条件・社会・文化・大陸からの影響とともに発展してきました。
古代:先史時代~飛鳥・奈良時代
先史時代
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日本でも旧石器時代・縄文時代あたりから、人々は獣の皮・魚皮を衣料やマット、覆いものなどに利用していた、と考えられます。日本の狩猟採集文化のなかで、獣皮・魚皮を乾燥させたり燻したりして使うことは、自然の保存処理の一種だったでしょう。
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また、**「亜久利加波(あくりかわ)」**という言葉で、「皮」を朝廷に献上した記録があり、皮そのものを素材として尊重する文化が古くからあったことを示します。
飛鳥・奈良時代
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大陸から革加工の技術を持つ人々(渡来工人)が日本に来て、なめし技術などが伝えられたとされています。飛鳥・奈良時代に、このような技術伝来が、革の用途と質を高める契機となった。 また、奈良・正倉院の収蔵品には、革の装飾を施した箱、靴(履物)、袋物など、多様な革製品が残っており、当時すでにかなり高度な革細工が行われていたことがうかがえます。
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鹿皮が多く使われました。鹿は日本の風土の中で比較的入手しやすく、また動きやすくて軽いため、衣服や装飾、履物、馬具などに好まれた。
中世~近世(平安・鎌倉~江戸)
平安・鎌倉時代
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革足袋(かわたび)、鞍、馬具、太刀の鞘・柄、鎧・兜など武具用途での需要が高かった。戦乱の時代、馬を使う武士階級の隆盛とともに、革の用途と需要が拡大。
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革の加工術、たとえば「燻革(ふすべ)」という手法や、鹿皮の扱い方などが洗練されていきました。
安土桃山~江戸時代
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武具文化がさらに発展し、刀装具・鎧・兜などの装飾性が高まり、それにともなって皮革の質・装飾技術も発展。革を装飾としても使う工芸性が増します。
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「姫路白なめし革」がこのころから有名になってきた。姫路地方(播磨国)で牛皮を使い、菜種油・食塩などを用いた油なめしで仕上げる白なめし革は、その強靭さと風合いから評価されてきました。
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革製の衣服・羽織・はっぴなどにも使われ始め、革は身分や用途に応じてさまざまなスタイルで使われるようになりました。
幕末~明治時代:近代化との衝突と新起点
この頃、革文化は大きな転換期を迎えます。
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欧米との交流が増える中、日本に洋靴・洋式靴製造・軍用靴などが導入されます。明治政府は、軍服や靴の近代化を進める中で、革製品の需要・技術の輸入が進んだ。
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明治3年(1870年ごろ)、製革技術の教師として外国人を雇用し、近代技術の導入を図るなど、技術革新の動きが具体化。革の鞣し方、染色、仕上げなど、効率化・品質向上が求められました。靴産業もこの時期に始まります。東京(浅草など)が「革の街」として発展していくのもこの段階。
20世紀前半:軍需と産業としての成立
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日清戦争や日露戦争など、紛争の増加は軍需品としての革製品の需要を押し上げます。軍用靴、馬具、装備品など、革の生産は国の政策とも密接になります。
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製革業・靴産業・革細工業が企業化・工業化していきます。東京・墨田・台東など下町地域にタンナー・製靴工場・卸問屋が集積。素材調達から加工までの工程の分業化が進む。
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クロム鞣しなど、新たな化学的な鞣し技術が取り入れられ、これによって従来の植物性・油なめしと比べて効率性・耐久性・コストの面で革産業が大きく変わる。
戦後~現代:革産業の成熟と課題
高度経済成長期
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戦後の統制解除後、製革業は自由な開発と再建を進め、国内需要の拡大とともに、ファッション・靴・かばん・インテリアなど様々な用途に革が使われるように。 国内の主要な皮革産地が確立されてきます。代表的なものに 姫路・たつの(兵庫県)、 東京(特にピッグスキン=豚革を含む)、 埼玉・草加市、 和歌山 など。これらは鞣し・染色・加工の各技術に強みを持ち、多様な種類の革を生産しています。
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「姫路白なめし革」「甲州印伝革」など、伝統的な革・革細工も現代の市場で一定の評価を保っています。姫路白なめしはその手法・風合い・強靭さで高く評価されており、甲州印伝は漆を使った装飾性を持つ革細工として伝統工芸品の扱いを受けています。
技術革新と環境配慮
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材料(原皮)の輸入・輸出が盛んになり、世界市場との関わりも増えています。さまざまな動物の原皮(牛・馬・豚・鹿など)が国内外から流通し、それぞれの用途に応じて加工が選ばれます。
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鞣し・染色技術も進化。植物性タンニン鞣し・油なめし・クロム鞣し・合成薬品など、多様な技術が使われています。特に環境負荷・耐久性・使い勝手のバランスを取る技術が求められるようになりました。
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加工後の革の仕上げ(染色・顔料・仕上げ加工・表面加工など)や、革の表情(ナチュラル、マット、光沢、型押しなど)・使い込むことで変化するエイジング性などが評価されるようになり、「革文化」という観点でファッション性が高まってきています。
地域産地の強みと特色
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姫路・たつの地方は日本国内で最大規模の皮革産地のひとつで、量・種類・技術ともに多彩。靴・かばん・家具・工業用革など、多用途に対応できる体制が整っており、国内外のレザーコンテストなどでも評価されるタンナーが多い。 東京下町(墨田区・台東区など)は、豚革(ピッグスキン)で有名。国産豚皮を原皮とする加工工房や問屋が集まり、製革・染色・加工・卸売までの流通ネットワークがしっかりしており、小ロット・オーダー対応も強み。
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草加(埼玉県草加市)も皮革産業が盛んで、製革から染色・加工まで一連の工程を地域内で完結できる体制。製品加工業者との連携・試作・展示など、革産地としてのブランドを意識した取り組みも多い。
伝統技術と種類:なめし・革の種類・特色
ここでは、日本における伝統的な革の種類やなめしの手法、革の表情の違いについて整理します。
主ななめしの種類
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植物タンニンなめし
植物由来の渋(タンニン)を用いるなめし。植物の木・皮・根などから抽出した渋を用いる。柔らかさ・風合いが自然で、使うほどに色・質感が変化する「エイジング」が楽しめる。耐久性も比較的高いが、処理に時間と手間がかかることがある。日本では姫路白なめしなどが代表。 -
油なめし
動物油や植物油を使って、皮の繊維を潤して柔らかくする方法。動きやすさ・しなやかさが求められる用途(靴・手袋・服など)で用いられることが多い。姫路白なめしにも油なめしの要素がある。 -
クロムなめし
近代的な化学的ななめし方法。クロムやその化合物を使って鞣す。従来の植物性・油なめしに比べて時間がかからず、染色性・耐熱性などに優れる。大量生産向き。 -
その他の処理
燻煙(いぶし)、顔料・染色・表面仕上げ・型押しなど、革の表情を装飾的にする技術も発達。和歌山などでは革の表皮加工が工夫されています。伝統工芸(印伝など)では漆や染め・型押しを組み合わせる技術も重要。
代表的な革の種類・名称
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姫路白なめし革:白くて強靭、油なめし+植物なめしの要素のある革。さまざまな革製品に使われる。
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甲州印伝:鹿革を使い、漆で装飾を施す伝統革工芸。模様・意匠が特徴。ピッグスキン(豚革):東京下町などで加工される国産豚皮。薄くて柔らかさがあり、裏地や衣料・小物に使われることが多い。
社会・文化との関わり
革はただ材料として利用されてきただけでなく、社会や文化、風俗、階級、ファッションと深く結びついてきました。
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古代・奈良・平安時代には、革製品は貴族・豪族・朝廷のための装飾品・儀礼用品などとしての側面が強かった。高い地位の証として、履物や鞍・武具などに革が使われる。鹿革・漆などの装飾との組み合わせによって、見た目の美しさが重視された。
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武士の時代には鎧・兜・武具の用途での革の重要性が高まる。機能性と耐久性、そして戦場での信頼性が求められる。これが革加工技術の発展を促した。
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江戸時代には、町人文化の中で革製品が少しずつ日用品・装飾品として使われるようになる。革羽織・革はっぴなど、時には趣味・見栄・装飾の要素も含む衣服にも革が使われる。
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明治以降はファッションという側面が急速に強くなり、洋服・靴など革素材を使った西洋スタイルが流行。加えて、大正・昭和期には自家用・贅沢品・流行品として革の靴・鞄・革ジャンなどが使われるようになる。消費文化の中での革の位置づけが変化。戦後の日本での普及・流通・ブランド化もこの流れ。
経済的・技術的発展
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革の原皮(皮)そのものは、食肉産業などの副産物であるケースが多いため、肉・乳・ジビエなどの産業と密接。原皮の入手・輸入貿易、生産コストが革産業全体の基盤となる。
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鞣し技術・染色技術・仕上げ技術の発展により、低価格品から高級品まで広いレンジの商品が作られるようになる。これには大量生産・分業化が大きく寄与。
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産地集積による効率化とノウハウの蓄積:姫路・たつの、東京、草加、和歌山など、自然環境(良質な水・気候)や地理的な交通アクセス、生産技術者の伝承とコミュニティによって革産地が発展。地域ブランドとしての評価も高まる。
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展示会・技術協会・規格制定・革用語辞典の発行など、産業としての整備が進む。日本皮革技術協会などが中心。
課題と現代的な視点
革産業の歴史が長いからこそ、現代には次のような課題・言葉が多くなっています。
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環境・持続可能性
鞣し・染色に使う化学薬品、重金属汚染、廃水処理などが環境への負荷になる。欧米を中心に厳しい規制も増えており、日本でも環境対応革の開発が求められている。 -
動物倫理・資源確保
原皮の調達は畜産業・狩猟文化・自然環境保全などと関わる。特に希少動物の革利用、皮をむす段階・工程での倫理性などが問われることがある。 -
コスト・競争
国際競争、輸入革製品・海外生産の影響、物価や人件費の上昇、国内での人材確保など。安価な輸入品に対抗できる付加価値(デザイン・伝統技術・ブランド)をどう出すかが鍵。 -
伝統技術の継承
古くからのなめし技術・手仕上げ・装飾革などは、職人の技能・経験に依存する部分が大きい。若い世代への継承、技術保存、そしてその技術を生かす市場・需要をどう作るかが重要。 -
革の多様化と新素材との競合
合成皮革(フェイクレザー)、人工皮革、ヴィーガンレザーなど、革の代替素材の技術が向上している。これらはコスト・環境の面で有利な面も多く、革本来の魅力(耐久性・自然な表情・風合い・エイジングなど)との比較の中でどう差別化するかが問われる。
将来への展望
日本の革文化・産業は、歴史を背景として豊かな可能性を持っています。これからの方向として考えられることをいくつか挙げます。
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伝統×デザインの融合
古くからの技法(姫路白なめし・印伝・型押しなど)と、モダンなデザイン・ファッション・アートとのコラボレーション。国内外でのブランド展開。消費者が「ストーリー」「職人」「環境」に価値を感じる時代なので、そうした要素を生かす革製品が注目される。 -
環境技術の強化
無害な化学処理、廃水の浄化、再利用可能な素材、トレーサビリティ(原皮の出所・処理方法)の透明性など。サステナブルな革産業の確立。 -
ニッチ市場の育成
高級革小物、カスタムメイド、ハンドメイド、限定品、地域ブランドなど、大量生産品とは異なる付加価値を持つ市場の強化。 -
国際市場への発信
日本革の品質・伝統・美意識を海外に発信することで、新しいマーケットを開拓。観光土産・ファッションブランド・インテリア・車革など幅広い用途で日本製革品の可能性がある。 -
革新技術の導入
バイオ技術・ナノテクノロジー・3Dプリンティングなどの先端技術を革素材分野に応用する動きが世界的に見られます。たとえば、革の模様を3Dで型押しする、染料を新しい分子で安定させる、軽量化・通気性の改善など。
結び:革と日本の「手触り」の物語
日本の革の歴史を振り返ると、ただ「素材」の変遷ではなく、人々の暮らし、戦い、文化、装飾、美意識、そして産業化・近代化という社会変動のなかで、革がどのように選ばれ、加工され、使われ、愛されてきたか、が見えてきます。
革は「丈夫であること」「機能であること」だけでなく、「美しいこと」「存在感があること」「触れたときの感触・香り・経年変化」「身につけたとき・使ったときの満足感」といった、人間の感性に訴える要素を多く持った素材です。
歴史から見れば、技術は移入され、土着し、磨かれ、伝統となり、また新しい技術と融合してきました。これからも革は、過去を背負いつつ未来を見据えて、その「手触り」「質感」「物語」で、人と時間に応える素材であり続けるでしょう。
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